屍鬼:3

陽射しの傾きつつある屋外と比較しても、屋内の陰惨な暗さは格別だった。

一歩踏み込んだ時点で、嫌な気分が凝縮されて来る。
これは、臭いだ。この臭いが胸を悪くさせているのだ、と気付いた。
どこで嗅いだ臭いだったろう。
太った中年のオヤジの顔がちらつく。あれは、ガハイだ。
陰険で体型に似合わぬ高い声が変に耳障りな…。肉屋ガハイ
何でガハイの顔なんかを思い出すんだろうと思った瞬間、
フヘドヘルツィフの背中に顔をぶつけた。
ヘルツィフの硬い背中を感じた途端に、どじな自分の姿を自覚して、
羞恥心が一気に膨れ上がる。
何か軽く自然に自分の失態を詫びなければと、後ずさる。
眼の前にヘルツィフが棒の様に突っ立っている。
足元に、赤黒い水溜りが見えた。
ガハイの前掛けの汚れみたいだ。
身体をずらして室内の様子が判った。
血の海だった。思わず胃液が込み上げる。
酷い荒れ様で、しかも床板がガタガタだった。
大きく波打って、ばら撒いた様に乱れて居る。
そして、その上から、赤褐色の塗料がぶちまけられていた。
人は居ない。
人であった物がそこここに転がっていた。
フヘドの眼が、人の足首に吸い寄せられた。足首だけを見るのは初めてだった。
他の部分の無い足首は、忌まわしいものだった。切り口に覗いた骨がやけに白い。
手の指も数本散らばっている。どの部分か判らない、肉片も散らばっていた。
フヘドは堪らず家外に走り出た。家を囲む貧弱な柵に走り寄って吐いた。

涙が止まらなかった。

blackhouse.jpg


眼の前の焚き火を、フヘドはじっと見詰めていた。
火にかけられた鍋で何かがグツグツ煮えていたが、食欲は起こらない。
むかつきだけが彼の胃を鷲掴みにしている。
周囲の風景は既に一日を終えようと、闇の色を濃くしている。依然として風が強い。

フヘドは自分も草の様に風に嬲られている気がしていた。耳を掠める風の音が、寄る辺無い心細さを増幅させている。
あれは一体どういう事なのだろう。あんな襲い方をするが居ただろうか。人を襲うは存在する。しかし、山犬獲物を骨ごと噛み砕いたりはしない。だろうか。トルゴイ草原で見た等と言う話は聴いた事が無い。いや、聴いた事の無い事態が起こったのだ。襲撃者聴いた事の無い存在に違いない。あの農家の住人は六人との事だったが、一人も発見されなかった。老爺にその息子夫婦、子供が3人・・・全員喰われたのか…。

団員達は言葉少なだった。野営する事になっても、飯時には陽気な会話が絶えないものだ。今日は違う。

どこかに逃げて隠れている事は無いだろうか。いや、逃げるなら集落の他の家に助けを求めるだろう。近隣住民から逃げる必要は無いのだ。いや、どうなのだろう……。

フヘドは暗い草原を眺めた。
人影が見えた。
ほんの僅かに草の海とその後ろの風景とを分けている燃え残りの明るさが、草波の向こうに人影を浮かび上がらせた気がした。
一人では無い。
錯覚だろうか。距離をおいて二つの人影が見える。
逃げた家族だろうか。
野営している場所のすぐ傍の朽ち掛けた廃屋の方で、小さな物音がしたような気がした。
ヘルツィフが剣の柄に手を掛けるのが見えた。
再び物音。
隊長が、煮込みの入った器を口元から放して、廃屋を見遣った。
それは微かな物音だった。不規則に、何かが擦れるような、軋むような。
風に吹かれた何かの動く音だろうか、夜走る小動物の立てる音だろうか。
しかし隊長の判断は早かった。
団員五名を廃屋に向わせたのだ。
顔触れは、いずれも場数を踏んだベテランばかりだったが、フヘドにはこの時の先輩達がやけに頼りなげに見えて仕方なかった。
辺りを警戒しながら、五人は廃屋に近寄って行った。

黒い影の様な家に、吸い込まれて行く様だった。

家に食われる者達の様にも見えた。


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posted by リューグハルト at 2006年03月10日03:30 | Comment(1) | TrackBack(0) | 外伝
この記事へのコメント
肉屋のガハイのかほり・・・((((;゚Д゚)))
人影・・・((((;゚Д゚)))
こわいですね こわいですね

それでもフヘド負けるなぁぁぁ( 」´Д`)」
Posted by 美那 at 2006年03月10日 03:42
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