屍鬼:2

トルゴイ自警団外周巡察部隊新入団員フヘド・エルールは、
興奮を隠し切れない面持ちだった。
自警団に入団して二ヶ月が過ぎようとしていたが、城外集落巡察は言ってみればのどかな遠乗りと何ら変わりの無いもので、が憧れる所の「勇敢」さを示す機会など微塵も有りはしなかった。それがフヘドには不満だったのだ。
だが今回の出動は違った。「事件」かもしれない。
死者が歩き回っていると言う。
その猟奇的な色彩はフヘドの少年めいた期待をいやましに膨らませた。

fhedo.jpg


馬に乗った隊長を先頭に、歩兵10人がトルゴイの城門を出たのは、遅い朝だった。
フヘドはこの城外の風景が好きだった。数年前まで友達と走り回って遊んだ風景だ。遠景に点々と見える寂しげな家々の輪郭が好きだった。そよぐ緑の草波が心地良かった。
自身は城内の生まれ育ちだったが、混み合った町よりも少し心細く閑散とした城外の風情を愛していた。
門を出て、馴染みの風景を眺めた時、出発前に感じていた高揚がわずかに冷めるのを感じた。それはどこか寂寞を感じさせる強い風の所為だったのか、鈍い暗灰色の空の所為だったのか。何かを遣り残したような、微妙にしくじった時のようなしこりが胸の奥に蟠っている気がした。
印象として言えば、城外集落―と言っても密集した集落の形態は取っていないが―には暗い緊張感が沈殿している様に思えた。
影が濃い。
季節は既に春になって暫く経つが、寒色の翳を そこここに感じる風景だった。
巡察隊は丹念な聞き込みをしながら、移動した。
得られる情報はどれも漠然としたものだった。
夜、見知らぬものが草原を歩いていた。離れた所に立ち尽くす人影を見た。深夜、外から壁を掻く音が絶えなかった。
そしてその子供染みたは町から離れるに連れて次第に団員達の胸の内に不安な塊として凝り始めた。
或る農家では、とうとう昨年病没した知り合いが半ば腐って歩いていたと言う話が出た。まがいの情報が目撃談と云う形に姿を変える薄気味の悪い感覚をフヘドは覚えた。

死者が、蘇る。
近辺で死者の蘇る場所と言えば、墓石の丘しかない。遠くなだらかに横たわる見慣れた丘陵が、フヘドの眼には既に忌むべき領域に見えている。
あの丘には昨年の秋、登った。
幼馴染の青年の葬式であった。それまでのフヘドに取って、はどこか遠い場所に在る陽炎のように不確かなものだった。が遠かったのは、それが老いに関係する物だと言う認識が有ったからだ。フヘドの参列した葬儀はことごとくが老人を送るものだった。年老いた先に在る筈のが、同年輩の友人の葬儀によって肌に触れるほどの距離で背後に立っているのを感じた。墓石の丘にその感覚を思い出させた。

自分を呼ぶ声に、はっと我に返る。これまでに参列した葬儀で見た、棺の中の様々な顔から、草原の風の中に意識が引き戻される。

一軒の城外集落の農家が眼の前に在った
集落の住民が数人、柵の外に立ち尽くしている。農家の屋根の上にが止まっている。カラスではなかった。しかしカラスに思えてならなかった。
隊長が馬から下りながら、部下に指図する声が聞こえている。

自分は、先輩二名と共に、その農家に入って行く事になっているようだ。
夢の中のように、視界が歪んでいる感覚がフヘドを襲う。何か凄く嫌な気分だ。これは何だろう、と自問していると農家が近付いて来る。
戸口だ。
先輩団員が、軋む戸を開けた。
もう一人の団員が、戸に身体を押し付けて開いたまま固定する。

先頭に立っている先輩はヘルツィフと言って、の使い手だった。城内の広場で行われる訓練で、その見事な剣捌きにいつも舌を巻いていた。
戸を押さえている先輩はホルスと言う名の大柄な男で、使いだった。やはりその強さで信頼されている腕利きだった。
ヘルツィフが細身のを抜いて、低く構えた。屋内に踏み込んだ。
ホルスフヘドを見遣って、顎で入れと促した。

黒い影の様な家の戸口が洞穴の様に見えた。黒々と口を開けた深い穴だ。
その屋内の暗さをフヘドは出来れば回避したかった。
ホルスが再び顎で促す。

いけない。
これ以上、臆した様子は見せられない。
自分は自警団の一員なのだ。
自警団は勇敢であらねばならない、とフヘドは自分に言い聞かせた。


前へ | 目次 | 次へ
posted by リューグハルト at 2006年03月09日01:54 | Comment(1) | TrackBack(0) | 外伝
この記事へのコメント
待ってましたぁヽ(A`*)ノ
あぁ。。自警団のお話ですね。。。

リューグの描写はまるで自分が体感しているみたいで。。
フヘドがんばれーーー( 」´Д`)」
Posted by 美那 at 2006年03月09日 02:08
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

この記事へのTrackBack URL
http://blog.seesaa.jp/tb/14479801