夢の女:3

お互いがどの様な境遇の、どの様な存在か大まかに掴めてからは、夢の逢瀬は現実の延長となった。
その日の生活を終えてミナと逢って歓談し、眠りに就く。それは極普通の生活の一部であり、ミナとの逢瀬リューグハルトに取って掛け替えの無い、大切なひと時になって行った。

リューグハルトをしている自分にどの段階で気付いたのだろうか。
おそらくその境目は誰にも判らないのだろう。気付いた時には既にと云う名の穴に落ち込んでいる。
しかし繊細な部分を多量に心奥に蔵しているこの不器用な男は、自分ミナに対する気持ちが変質した事には気付かず、ただ彼女に逢えない昼の時間に、彼女を想って切ない胸の痛みを覚え続けた。

想いは 高まる。
どちらからともなく、昼の世界での出逢いを求める事になる。
昼の世界での出逢い
その言葉には甘美な響きが篭っていた。
そしてそれは、逢瀬を現実と捉えている二人にとって当然実現されるべき、予定の出来事となった。

リューグハルトは、僧兵になろうと思った。
僧兵の操る念術、殊に傷や疲労を癒す救命詠唱は欲した。
周囲の者は一様にの転身を訝しみ、また引き止めもした。しかしの決意は固かった。
は、での交流でミナが烈火のような攻めを身上とする女戦士であると理解していた。
補助をする者の存在が彼女の活躍には必須であると、は判断したのだ。
僧院の出家を快く思った訳ではない。が、結局真摯な懇願に折れた。は敬虔な新人学僧が舌を巻く程の熱心さで念法詠唱の習得に取り組んだ。ミナと同質の、力押しの攻めで名を馳せた戦士は、一心に学問に没頭し、精神修養に努めた。同門の、よりもすっと年少の学僧達は、その不器用な邁進に呆れもし、好感を抱きもした。
は幾種かの救命詠唱を物にするや否や、僧院を後にした。教授方の高僧の中退を惜しんだが、の心は変わらなかった。
リューグハルトの留守を守っていた自警団の副長は、が故郷を後にすると聞いて呆然とした。リューグハルトを中心に成立し、を慕う者で大きくなった組織なのだ。しかし、落胆は有っても、そして動機に不審は有っても、リューグハルトの性質を知っている団員達は最終的にはの脱退を受け容れた。ただし、必ず帰還する事、それまで団長の席は空けて待っている事をリューグハルトに無理やり承知させた。それが譲れぬ条件だと団員達は主張した。リューグハルトは泣いた。そしてその条件を飲んだ。

リューグハルトはそうして、故郷を後にしたのだ。


ジグールは他人のの話をこれほど長々と聴いた経験は無かった。他人の夢を聴く程詰まらぬ事は無い、と云う一般的な認識に疑いを持った事は無かった。
しかし、この非日常的な夢物語ジグールには否定出来なかった。
に見たと逢うべく、この大男ははるばると旅をして来た。の中で落ち合う場所の変更を報され、今極めて危険な場所へ、まるで春の野に行楽に出掛けるような風情で向っている。
リューグハルトの語る夢物語を鼻で嗤うのは容易かったが、ジグールリューグハルトの言う夢の女トルゴイに実際に居るのか否かがやけに気になった。居て欲しいと言う気持ちが拭い難く心に宿っているのを、我ながら不思議だとも思った。
眼の前の価値有る物品なら判る。有るか無しか判らぬ不確かなの様なものを、人は命懸けで護ろうと思えるものなのか、と思った。
まだ手に入れぬ財宝を欲する、と云うのとは少し意味合いが違う気がした。
まだ見ぬものに命を懸ける。
僅かながら、その語句に震える様な甘美さを感じる自分を認めて、ジグールは戸惑いを覚えた。

リューグハルトの、巨躯に似合わぬ澄んだ瞳の色が、そう思わせるのだろうか、とジグールは思った。

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posted by リューグハルト at 2006年04月15日14:25 | Comment(3) | TrackBack(0) | 外伝