夢の女:1

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「夢?」
ジグールは、そう訊き返した。

古都を出立して既に二日経っている。

リューグハルトジグール、そしてトルゴイの少年チポルは、街道から少し外れて、野宿の準備を済ませた所だった。チポル夕食が待ち切れない様子だった。午後、夕食の為にと、ジグール飛礫を用いて草原雷鳥を二羽、仕留めて居たのだ。良く肥えた立派な雷鳥で、チポルは進んでその獲物を運びたがった。
リューグハルトの荷物の中には、干し肉団子が入っていた。これは香辛料調味料に漬け込んで干した牛の肉を細かく挽いて薬味獣脂と共に練った団子で、日持ちも良く、また鍋に投じて水で崩して煮れば風味豊かな肉の汁物にもなる、携行食としては打って付けのものだった。雷鳥は塩を振って焼き、干し肉団子にする事になった。脂の乗った鳥肉の焦げる臭いと、香辛料の効いたの臭いとで、チポルは思わず喉を鳴らさずには居られなかった。
ジグールは食後の濃く淹れたスウ茶を湯飲みに注ぐと、倒木の脇に敷いた毛布の所に持って行き、ゆったりと片膝をついた。
リューグハルトは黙って焚き火の焔の揺らめきを見詰めていた。ジグールは他者との交流を求める性質ではなかったが、リューグハルトに訊きたい事は沢山有った。そして交流の上手い下手を問わず、今は話し掛ける絶好の機会に違いないと思えた。何故、少年の訴えに応える気になったのか。ジグールは無駄な言葉を一欠けらも交えずに訊いた。
「俺は、」と静かな調子でリューグハルトが口を開いた。
トルゴイに行く心算で、古都を発って旅して来たのだ、と云う。に逢う為であると。
元々行く心算の場所だったのか。ジグールには少し意外な気もした。知り合いが居て、その場所が危険な状況に陥って居る。助けに行くのも当然な気がする。そんな簡単な事だったのか。それならジグールにも理解は出来る。いや、しかしそれでは納得が行かない。誰も振り返ろうとしなかったチポルの訴えに、野原へ苺摘みにでも出掛けるような笑顔で応えたリューグハルトに感じた「何か」は、それでは説明がつかない。
「親類でも居るのか?」と、ジグールは訊いた。
「いや、親戚も友人も居ない。初めての土地だ。」
遠くに視線を移してリューグハルトは言った。ジグールはその眼差しに何か愛おしさの様な色合いを感じ取った。
「古都で出逢う筈の女が、トルゴイに旅立ったらしくてな。」
女か、とジグールは思った。しかし何だか腑に落ちない。そのジグールの戸惑いを表情から読み取ったのか、どうか。リューグハルトは静かに話し始めた。

リューグハルト東部辺境の中規模の城塞都市で生真面目な聖職者のと貞淑で明るいとの間に産まれた。
いつでも正論を語り、そして裏の無い信念の人であったに反発が有った。
両親に似ぬ恵まれた体格に育ったリューグハルトはやがて戦士としての道を選ぶのだが、それは父親と違う土俵に立ちたかったのかもしれない。
故郷に徘徊する野獣と闘い、それが同時に近隣集落の人々の助けになると知り、生き甲斐を見出す事になる。戦闘は、個人技のレベルで或る意味擬似的な芸術と言えなくも無い。自己表現の欲求は、見事に害獣を倒す事で得られる。そしてそれは人々の感謝と云う形で手応えになる。
は都市外郭の住民に取っては「勇者」と呼べる存在だった。
自然、を慕って若者が集まり、私設自警団の様な集団が生まれた。私設自警団と城塞都市の正規の守備隊とは深刻な対立も無く、良好な関係を保つ事が出来た。守備隊遊撃部隊とでも言うような役割をリューグハルト達が受け持つ形に、自然に収まったからだ。都市の治安委員との煩わしい手続きで守備隊が動けない時等は守備隊々長から内々にリューグハルトの出動が依頼される事も有った。
リューグハルトが生まれ故郷に確固たる位置を築き始めた、そんな或る日の夜。
それは都市の南方の海岸近くの峡谷に棲みついた大蟹を討伐し、心地良く寝床に横たわった、その睡眠の最中の事であった。


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posted by リューグハルト at 2006年04月09日01:59 | Comment(3) | TrackBack(0) | 外伝